研究テーマ2:リグナンの合成研究

 リグナンとは、多くの植物によってつくられ、したがって、食事によっても我々の体内に取り込まれる機会の多い化合物です。たとえば、健康食品で知られるゴマにもこのリグナンが含まれており、抗酸化作用を持っている事が知られています。化学構造は、次の図に示したようなベンゼン環(C6)とこのベンゼン環に結合した3つの炭素鎖(C3)が一つの単位となっています。このC6-C3単位が2または3単位結合した化合物のグループがリグナンと呼ばれています。


          

 このC6-C3単位の結合パターンは何通りも報告されており、また、結合した後の骨格上の修飾もさまざまなパターンがある事が知られています。このリグナンが無数に結合したものが樹皮であるリグニンです。リグナンは植物性食品、未利用植物資源に豊富に含まれています。そこで、生物資源の安全で有効な利用方法を調べ、食品の機能を解明するために、多くのリグナン類の合成研究を行っています。また、植物は、リグナン類を純粋な立体異性体としてつくっているのではなく、立体異性体の混合物としてつくっている事が報告されています。植物から取り出した混合物を用いて生物活性試験を行っても、正確な評価はできません。ですから、化学合成によって、純粋な立体異性体を合成する事を目的としているのです。合成によって得られる純粋な立体異性体を用いて生物活性試験を行う事によって、それぞれのリグナンの働きを正確に調べ、現在使われていない生物資源を安全かつ有効に利用する事を目指しています。

 次に、これまでに行ってきた合成研究の例を示します。


1.3置換テトラヒドロフラン型リグナンである(+)-dihydrosesaminの、エリスロ選択的アルドール縮合を利用した、最初の高立体選択的合成
 Journal of Chemical Society, Perkin Trans I 18, 2158-2160 (2001)

 3置換テトラヒドロフラン型リグナンである(+)-dihydrosesamin (1)の、立体選択的の高立体選択的合成に初めて成功しました。 この合成において、我々の研究室で見い出された、ラクトンのカリウムエノレートとベンズアルデヒド類とのエリスロ選択的アルドール縮合を用いました。


2.酸化型フロフランリグナンの一種である(+)-aptosimonの合成
 Synthesis of (+)-aptosimon, a 4-oxofurofuran lignan, by erythro selective aldol condensation and stereoconvergent cyclization as the key reactions., Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 67(4), 838-846 (2003)

 L-グルタミン酸から調整可能なラクトン1から本研究室で見い出されたカリウムエノレートを用いたエリスロ選択的アルドール縮合を用いてラクトン2及び3を得ました。さらに、酸触媒下での環化反応を鍵反応として2及び3から単一生成物として (+)-aptosimonへ導きました。この研究は、フロフランリグナン合成研究の総説である、Synthesis, 2004, No. 6, 811-827に紹介されています。


3.ネオリグナンであるmorinol C, Dの立体異性体の合成
 Syntheses of the stereoisomers of neolignans morinol C and D., Organic and Biomolecular of Chemistry, 1(8), 1323-1329 (2003)
 この研究は、愛媛大学総合科学研究支援センター(INCS)の宇野英満教授との共同研究です。

 morinol C とmorinol D は、中国の薬用ハーブであるMorina chinensis から単離されたネオリグナンですが、いずれもラセミ体として得られました。さらに活性研究を行うため、それぞれのエナンチオマーを選択的に合成しました。 (1R,2R)-Morinol C と (1S,2R)-morinol D は、化合物1から、(1S,2S)-morinol C と (1R,2S)-morinol D は、化合物2から合成しました。


4.(-)-及び(+)-virgatusinの合成
 First enantioselective synthesis of (-)- and (+)-virgatusin, tetra-substituted tetrahydrofuran lignan., Organic and Biomolecular of Chemistry, 3, 1670-1675 (2005)

 (-)-virgatusinは、薬草として利用されていた植物から得られた化合物で、抗ウイルス活性があるのではないかと言われています。しかし、はっきりした生物活性は不明であるため、(+)-virgatusinとともに合成しました。この合成においては、立体選択的にヘミアセタール3及び4が得られた事が、合成の成功への鍵になりました。今後は、共同研究によって、活性研究を行っていく予定です。


5.三級炭素にアミノ基を持つ珍しいアミノリグナンの合成
 Synthesis of amino tetrahydrofuran lignan via an N,O-heterocyclic compound as an intermediate., Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 71, 741-745, (2007)
 この研究は、長崎大学水産学部の石橋郁人先生との共同研究です。


 鍵反応として、シリルニトロネート環化付加反応を用いました。今回合成が困難な、三級炭素にアミノ基を持つ化合物の合成に成功しました。細胞毒性活性を有するポドフィロトキシンでは窒素を含む誘導体の合成が行われていますが、その他のリグナン類においてはそれほど多くの例はありません。


6.ネオリグナンであるmorinol A, Bの立体異性体の合成
 Determination of the stereochemistry of the tetrahydropyran sesquineolignans morinols A and B., Journal of Natural Products, 70, 549-556 (2007)

 morinol A, Bは、植物によって鏡像異性体混合物として生合成されます。また、立体構造も明らかになっていませんでした。そこで、鏡像選択的に、また、ジアステレオ選択的に合成を行い、立体構造を決定しました。現在、菅原卓也先生、丸山雅史先生と共同で構造と生物活性との関係に関する研究を行っています。


7.ベンジルメシレートを用いた4置換テトラヒドロフラン型リグナンの合成
 Use of the benzyl mesylate for the synthesis of tetrahydrofuran lignan: syntheses of 7,8-trans, 7',8'-trans, 7,7'-cis, and 8,8'-cis-virgatusin stereoisomers., Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 71(9), 2248-2255 (2007)

 これまでの研究から、4置換テトラヒドロフラン型リグナンが抗かび及び抗菌活性を有する事が分かりました。4置換テトラヒドロフラン型リグナンには4つの不斉炭素が存在し、16個の立体異性体が存在します。立体構造と活性との関係を明らかにするためには、まず、立体異性体を作り分ける合成方法を確立しなくてはいけません。ここでは、不安定なベンジルメシレート1を用いて立体選択的に化合物2を合成する方法を確立しました。ベンジルメシレート1からはFriedel-Crafts反応が起こって別の化合物が生成する可能性もありましたが、ここではFriedel-Crafts反応を押さえる事ができました。


8.ベンジルヘミアセタールの水素、パラジウム処理による立体選択的4置換テトラヒドロフラン環の構築
 Stereoselective construction of tetra-substituted tetrahydrofuran compounds from benzylic hemiacetal in the presence of H2 and a Pd catalyst: stereoselective synthesis of a stereoisomer of (-)-virgatusin and its antimicrobiological activity., Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 72(1), 197-203 (2008)

Ar1 = 3,4-methylenedioxyphenyl, Ar2 = 3,4-dimethoxyphenyl

 ヘミアセタール2を酢酸エチル、エタノールを溶媒とし、水素とパラジウムヒドロキシドとで処理すると、立体異性体4が選択的に得られる事を見出しました(entry 8, 9)。一方、ヘミアセタール2を酢酸エチルを溶媒とし、水素とパラジウムヒドロキシドとで処理すると、立体異性体3が選択的に得られます。3は天然の(-)-virgatusinと同じ立体構造で、4は非天然体の立体構造です。これは、virgatusinの立体構造と生物活性との関係を調べるための第一歩です。


9.4置換テトラヒドロフラン型リグナンのすべての立体異性体の合成
 Syntheses and antimicrobial activity of tetrasubstituted tetrahydrofuran lignan stereoisomers., Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 73(7), 1608-1617 (2009)

立体異性体2、5、12に他の立体異性体よりも強い抗菌活性が観察されました。


立体異性体27に他の立体異性体よりも高い抗かび活性が観察されました。

 4置換テトラヒドロフラン型リグナンの有機合成に成功し、立体構造と生物活性との関係が明らかになりました。


10.植物成分、magonoloneの両鏡像異性体の合成
 Enantioselective synthesis of the tetrahydrofuran lignans (-)- and (+)-magnolone., Journal of Natural Products, 70(10), 1588-1592 (2007)

 (-)-magnolone (3)を、ベンジル位に発生するベンジルカチオンを利用したSN1環化反応を鍵反応として得ました。また、原料にエナンチオマーを用いて(+)-magnolone (4)を合成しました。植物から得られたmgnoloneの機器分析データと我々が合成した3のデータが一致したので、植物に含まれる化合物の絶対立体構造は3であることが分かりました。


11.Friedel-Crafts反応を鍵反応とした、セコシクロ型リグナン骨格の合成
 First diastereoselective construction of butane-type and butyrolactone-type secocyclolignane structures., Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 73(11), 2445-2451 (2009)

 セコシクロリグナンは、通常のリグナンのベンゼン環の一つが、転移した構造をしています。これまで合成例がなく、生物活性研究のためには合成研究が必要です。今回は、Ir-Sn錯体を用いたFriedel-Crafts反応を鍵反応として特徴的なジフェニルメチル構造を構築しました。今後のセコシクロ型リグナンの構造と生物活性との関係解明に貢献可能な成果です。


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