イオンポンプの構造および機能の解明と医薬品開発

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V-ATPアーゼって何?

 V-ATPアーゼ(液胞型ATP分解酵素、vacuolar-type ATPase)は 細菌から高等動植物に至るまで幅広く分布するイオンポンプです。 プロトンポンプとしてATPの加水分解エネルギーを使ってプロトンを膜の反対側に能動輸送することにより、 駆動力としてのプロトンの濃度勾配の形成と酸性化を引き起こし、 各種の酸性オルガネラや原形質膜においてそれぞれの生理機能を担っています。 F-ATPアーゼは、ミトコンドリア、葉緑体、好気性細菌などで機能するプロトンポンプで、 V-ATPアーゼとは逆向きにATP合成酵素としてATPの産生をつかさどっています。 V-ATPアーゼ とF-ATPアーゼは主要サブユニットの相同性がとても高いこと、 分子の全体構造がよく似ていることなどから 「V-ATPアーゼ/F-ATPアーゼファミリー」として同じ仲間と考えられています。

回転リングって何?

 F-ATPアーゼ研究の背景についてはここでは省略しますが、 この酵素が分子内に回転部分を有する回転酵素であるとの仮説が提出され、 そのことはF-ATPアーゼの触媒頭部(F1)部分のX線結晶構造解析データやF1部分の回転が直接観察されたことにより 最近実証されました。後にV-ATPアーゼでも分子回転が観察されています。 V-/F-両ATPアーゼでは、中心軸サブユニットと回転リング部分が一体となり 回転する(回転子)と考えられています(モデル図参照)。 回転リングの回転を通じてどのような仕組みでイオン輸送やATPの合成が行われているか、 生命科学上の大きな命題のひとつで、ナノサイエンス分野からも注目されるタンパク質です。

腸球菌V-ATPアーゼの特徴

 私たちは院内感染や日和見感染など医療上の問題になる腸球菌にV-ATPアーゼを発見し、 その構造と機能に関する生化学的あるいは分子生物学的研究を進めています。 この酵素はナトリウムあるいはリチウムイオンを輸送することが特徴であり、 この性質が本菌における生理的な役割を特徴づけているのです。 細菌ゲノム情報によると、ナトリウム輸送性のV-ATPアーゼは、 歯周病や性病にかかわる嫌気性の病原性細菌から古細菌に至るまで分布しています。 古細菌にプロトン輸送性のV-ATPアーゼが分布している一方、 現在までのところ真核生物でナトリウム輸送性のV-ATPアーゼは知られていません。 ナトリウム輸送性はV-ATPアーゼのイオン輸送の過程を解析する上でプロトンよりもその作用を追跡し易い大きなメリットがあります。 私たちのグループは、最近、このV-ATPアーゼの回転リングのX線結晶構造解析に成功しました(下図参照)。

V-ATPアーゼ阻害剤と創薬

 V-ATPアーゼの阻害剤はいくつか知られていますが、 マクロライド系の抗生物質であるバフィロマイシンA1やコンカナマイシンAなどは V-ATPアーゼに対する特異性の極めて高いものとして知られています。 1分子のV-ATPアーゼに対して1分子の薬剤が作用することにより 阻害を引き起こすと報告されています。 カビや酵母のV-ATPアーゼの研究からマクロライド系抗生物質は 回転リングに作用することが明らかになってきました。 V-ATPアーゼを標的にした医薬品開発に関連してマクロライド系抗生物質以外の阻害剤の探索も進められています。 例えば、骨粗鬆症には破骨細胞が関与しているわけですが、 その破骨細胞の働きには原形質膜のV-ATPアーゼの働きが必須です。 破骨細胞に特異的に発現するV-ATPアーゼサブユニットが知られており、 それを標的にした阻害剤は抗骨粗鬆薬の開発に繋がります。 V-ATPアーゼは病原性細菌だけではなく熱帯熱マラリヤでも機能しており、 マラリヤ感染の生活環で重要な役割を担っています。 V-ATPアーゼ阻害剤が抗マラリヤの特効薬として開発される可能性もあるわけです。 腸球菌V-ATPアーゼの研究が、リード化合物の分子設計、 新しい医薬品の開発に繋がればと期待しています。

柿沼喜己 (2006) 腸球菌V-ATPアーゼ回転リングの構造と創薬への可能性
バイオサイエンスとインダストリー 64: 24-27.参照。